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Sep 13, 2014

GEGEN NAZISと恥の思い出

 俺が初めて海外に出たのはソ連崩壊直前のこと(当時一番「安い速い」アエロフロートのモスクワ経由)。到着したウィーンの町外れで、何度か"GEGEN NAZIS"(反ナチス)のスプレーペイントを見かけた。

 その2年後、東西ドイツ統一とソ連崩壊を挟んだ後のドイツ滞在中、至る所で同じ文字を見かけた。テュービンゲンのユースホステルで親切にしてくれたパンクスのお姉ちゃんも、DIE TOTEN HOSEN(ドイツでおそらく一番メジャーなパンクバンド)のパッチと並べて"GEGEN NAZIS"のパッチをジーンズに貼り付けていた。

 東西ドイツ統一後のドイツで、件のスローガンのグッズが爆発的に増えたのには理由がある。統一の余波による不況を背景に、移民に職を「奪われている」と感じている失業層の増加を利用し、ネオナチが勃興していたからだ。特に旧東側地域の若者たちを中心として、過激な外国人排除を唱えるヘイトクライムが繰り返し起きていた。少し調べれば、当時起きた大規模な集団暴行、放火事件などを確認することが出来ると思う。

 戦後のドイツは、外国人労働者(特にトルコからの移民)の手を借りながら経済復興を果たしていった。汚れ仕事や肉体労働を多く担う彼らの存在がなければ、戦後復興はあり得なかった。ドイツの街を歩けば沢山のケバブスタンドやトルコ料理店などを見かけるはずだ。そうやって既にその地で暮らしの基盤を作り、その地の文化の一部となっているにもかかわらず、移民たちの存在は、鬱屈とした感情を吐き出す為のはけ口にされていった。民族主義という亡霊が、それをドライヴしていた。

 当時のドキュメント番組(確かBBC製作だったと思う)を観ていて強烈に印象に残ったエピソードがある。それはかつて東独から旧ソ連に移り住んでいたドイツ人の二世へのインタビューだった。彼らはドイツ語を話すことが出来ないのだが、制度的にドイツ国民として認められるため、ソ連邦崩壊後に多くがドイツへ「帰国」している。その彼らに「外国人移民(つまりアジア・アラブ系の移民)」について尋ねると「外国人が増えると治安が悪くなるので怖い」とロシア語で答えるのだ。

 同じ番組で、旧東独地域の若いネオナチはシュナップスをビールで割ったものを喉に流し込んでから「俺に言わせれば、奴ら(移民労働者)は人間じゃない」と語っていた。今のこの国のネトウヨや行動保守とそっくりだ。

 ドイツのどの街だったか忘れたのだけれど、安宿で階段を間違え、建物内で働く人たちの休憩室に入り込んでしまい、お互いにギョッとしたことがある。「何してる」と聞かれ「ビールでも買いに行こうと思って」と答えると、「もう店も閉まってるからここで一緒に飲んで行け」と言われた。その夜、ギリシャからの移民のおっちゃんたちと一緒にナッツを摘みながら、ぼんやりテレビを見てビールを飲んだ。何を話したか、そもそも話が通じていたのか、いつまで飲んでいたのか、さっぱり思い出せないのだけれど、何度も爆笑していたことだけはしっかり覚えている。

 当たり前の話だが、俺もおっちゃんたちも同じ人間だ。ナイーブに過ぎるか?だから何だって言うんだ。

 当時の俺が移民とネオナチを巡るドイツの社会状況をどれ位正確に把握していたのかはっきりと覚えていない。色々と調べて読み始めたのは帰国してからだと思う。しかし、ドイツであれこれ見てきたことがきっかけで、問題を人事と考えなくなったことは確かだ。

 とりあえず話をテュービンゲンに戻す。

 滞在最終日のチェックアウトが早い時間になることを伝えると、件のパンクスの姉ちゃんは「あたしその日早番だから、朝ごはん用意しといてあげるよ」と答えてくれた。朝食時間の1時間以上も前だというのに。で、その朝ごはんを一人で食堂に座って食べている時、彼女のジーンズに例のスローガンのパッチを発見したのだった。

 「それ、どこに売ってる?」
 「これから大きな街にも行くんでしょ?ならどこにでも売ってるよ。」

 彼女の言う通りだった。ベルリンではいろんな場所、店でそのマークとロゴを目にした。あれこれ悩んだ末、結局黒地に赤と白でロゴが入ったTシャツを買って帰った。そのTシャツは擦り切れて穴が開くまで着た。
 
 Tシャツにちなみ、ついでに恥を晒しておく。

 ドイツに行く少し前のことだ。バンド関係の友人と冗談で「ドイツ語で差別ネタのラップでもやって、ユニット名を"Nazi Boys"にするか」などと言ってたのだが、悪乗りした友人が手摺りでTシャツを2枚作ってしまった。

 「日本人がドイツ語で差別ネタのラップ」というのを、諧謔的なギャグの範疇にあると考えていたわけだ。当時の俺も友人も「モンティ・パイソン的な悪ノリ」のつもりでいたのだろうが、今から考えれば愚かにも程がある。さすがに袖を通さず処分したのが唯一の救いだが、それにしてもこの感覚の麻痺具合はあまりにも酷い。

 だからといって、だからといってだ。「俺も間違いを犯していたのだから人にとやかく言う資格はない」などとは言わない。あたりまえだ、目の前で人道に対する罪が行われている時、尊厳が踏みにじられている時、ほんの少しも歴史を省みることもない露骨な排外主義が跋扈している時、俺はとやかく言う。

 そんなことに資格などいるものか。アホンダラ。

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