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Dec 06, 2013

糞は糞

 通勤途中、まるで左翼かぶれの学生のように「企業体は狂った機械だ」という思いがポカリと心に浮かんで、そのあまりの青臭さに苦笑いしてしまった。

 しかしそのアイデアの青臭さと、そのアイデアが真実を捉えているかどうかという問題は無関係だ。「青臭いから真実でない」というのは、判断として誤謬だろう。

 自ら青臭いと一笑に付した考えではあるけれど、改めて考え直せば、何も間違った考えではない。大人は(もちろんこれは悪い意味だ)、往々にして上記したような誤謬の判断をする。誤謬の判断をすることが処世として求められているからだ。故に、「企業体は狂った機械だ」といった考え方は「大人ではない=青臭い」ものとして一笑に付されることになる。

 「自由主義経済は自らの暴走を止める原理を備えていない」とか「原子力発電は根本的に制御不可能なテクノロジーだ」とかいうのも同じ。大人は(これももちろん揶揄だ)、そういった直截な真実を口にしない。

 誤謬の判断が処世として求められるのは何故か?簡単に言えば『裸の王様』の寓話と同じことだ。王様が裸であること=直截な真実を指摘したら「飯が食えなくなる」から。おまんまの食い上げってやつ。

 だから大躍進政策の時代にハリボテの超巨大な作り物野菜がその「成果」として目の前に出されても、大人は「素晴らしい」と拍手を送ったし、ロケットエンジニアが作った金融プログラムで実態のないマネーが風船みたいに膨れ上がっても、大人は「素晴らしい」と拍手を送った。野菜は作り物に過ぎない。風船に中身は無いし弾ける。それでも大人は拍手した。

 だけどちょっと待てよ。それ本当に大人の必要条件なのか?大人って、そんなつまらないものなのか?


               *


 つまらない大人が、つまらないゲームをして、つまらない、そしてどうしようもない保守政権を作り上げた。挙句の果て、かつてない横暴を連発し、民主主義を根幹から否定するようなシステムを作り上げようとしている。

 つまらない大人が馬鹿だったからこうなったのだ。

 ろくでもない思いが頂点に達した日、ネルソン・マンデラが歿した。その死に対し、クソボケの先頭に立つクソボケ中のクソボケ首相が、その死を悼む(形式だけ)コメントを出した。冗談にもなっていない。マンデラが何と戦った人だと思っているのだ。はらわたが煮えくり返る。

 クソボケの目糞にして鼻くそである安部首相には、マンデラの以下の言葉をよくよく吟味してもらいたい。そんな読解力ありゃしないだろうけれど。

I was called a terrorist yesterday, but when I came out of jail, many people embraced me, including my enemies, and that is what I normally tell other people who say those who are struggling for liberation in their country are terrorists. I tell them that I was also a terrorist yesterday, but, today, I am admired by the very people who said I was one.

かつて私はテロリストと呼ばれていました。ところが、刑務所から出てみると沢山の人たちに迎え入れられました。そこには私の敵もいたのです。私はたいていこの話をするんですよ。祖国の自由解放のために戦う人たちをテロリスト呼ばわりするような人に対しては。私もこないだまでテロリストだったんですよ。でも今じゃ、私をそう見なしていたような多くの人たちまで賞賛してくれてますよ。ってね。

(ネルソン・マンデラ『ラリー・キング・ライヴ』出演時の言葉)
 

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