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Jun 19, 2013

ヤクレマキタの一族

 私どもの一族が目だし帽を使うようになったのはごく最近のことです。そうですね、半世紀ほど前でしょうか。それまでは通気性と伸縮性を兼ね備えた繊維素材がございませんでしたからね。

 ええ、ご指摘の通り一種の仮装ですよ。特殊部隊を想起させるアイテムでございましょう。昼日中の街中に私どもが現れても、大方の人たちは「なにか特別な任務を担っているのだ」と理解してくれます。便利な記号ですよ。同じ目出し帽で、例えばスーツのようなフォーマルな身なりだったり、あるいはスタジアムジャンパーのようなカジュアルなものだったりすれば、ハリウッド製の娯楽記号を刷り込まれた人たちは「銀行強盗」や「犯罪者」を想起します。しかし私どものように、機動性のある都市迷彩服に銃火器を装備して、複数名が訓練された機敏な動きを展開した場合、刷り込みをされた人たちは「特殊部隊に違いない」という判断をいたします。同時に、背後に権力や為政者を想像するでしょう。私どもには大変都合がいいのですよ。
 
 近年になって分かったことなんですが、私どもには解剖学的な特徴がございます。みな等しく松果体に嚢胞があるのです。MRIで撮影すればすぐに分かるのですが、大きさ数ミリ程の水が入った袋です。そうですね、松果体嚢胞自体は特に珍しいものではございません。しかし成員の100%にそれがあるというのは、統計学的に見るまでもなく特異な現象でございましょう。一族とはいっても、私どもに血の繋がりはございませんし、遺伝的な因果関係とは別の要因があるのでしょう。何かの理由があってのことなんでしょうが、実のところあまり興味を持っておりません。形態や構造を還元的に「意味」へ持ち込もうとするような思考を、私どもは厳しく戒めておりますから。

 そうです、私どもには血の繋がりがありません。左上腕の内側に浮き出たレビモザルの印だけが一族の証です。レビモザルは、人間の歴史に一度も記述されなかった集団が用いていた印です。彼らは、文明や文化とは常に別の場所におりました。野蛮とも洗練とも縁遠い、小さな小さな社会集団だったのです。

 なんですか? ははあ、なるほど。そういった文化人類学の業績に関しては、私も多少は存じ上げております。しかし、人間社会の特殊例と彼らの社会を比較することは不可能です。「それ」をあなた方の社会を分析するスケールで解読し、記述することは出来ないんですよ。なぜなら、彼ら――つまり、あなたがたの言語において私どもの「祖先」にあたる者たち――は、世界と言語に関して、あなた方とは完全に逆の認識を持っておりましたし、その認識を基盤に集団のディシプリンを形成していたからなんです。裏返らない限りは決して彼らの痕跡は見えません。しかし今こうやってお話している「あなたがたの言語」の構造上、そういった裏返りは不可能なんですよ。残念なことですが。

 そうそう、血縁の話でした。少し話がずれてしまいましたね。血縁関係にない一族の由来に関してこれからご説明差し上げましょう。ただし、正しくご理解いただくためには、多少迂遠になりますが、まずはドボスキンという人物のお話から始めなければなりません。そうです、ヤクレマキタにレビモザルの印をもたらした最初の人物が彼女なのです。

 ドボスキンというのは彼女の固有名ではありません。ヤクレマキタには固有名がないのです。ドボスキンというのはドボスカヤたちが使い始めた仮称に過ぎません。ドボスカヤは「判定の姉」と言う意味です。ドボスカヤたちが担っていた役割は、成人を迎える成員が正しく「ドボシキ(反転)」できていたかどうかを判定することでした。ドボシキできていなければヤクレマキタの一族として認められません。ですからその場合には「ドボシケレノミヤ(再反転)」の儀を通過させることで、ドボシキへと導きます。このドボシケレノミヤの儀を体系化することで、複雑な知識体系を体得しなければならないドボスカヤたちの役割を簡素化したのがドボスキンなのです。ドボスキン以降、ドボスカヤたちの役割は、レビモザルの真偽を判定することのみになりました。

 後にドボスキンと呼ばれることになる女性は、あなたがたの暦でいえば西暦紀元前2000年頃、中央バルカン山脈の比較的アジア寄りの地域に生まれました。私共はそこを「デデモレンメ」と呼んでおります。ヤクレマキタの地理的な起源がその辺りだったのではないかと言われております。彼女がデデモレンメに生まれたのは、地理的な必然があります。そのことを正しく理解するためには、ヨーロッパアルプスを含む山脈形成の歴史を紐解くことから始めなければなりません。

 なんですか?血縁の無い一族の話はどうなっていると?ですから、それを理解するためには、デデモレンメの地理形成の歴史から始めるのが一番の近道なのですよ。そこの理解さえ出来れば、太陽系生成の歴史にまで容易に遡れます。そうです。天地開闢の始めまで遡らない限り、ヤクレマキタを理解することはできません。それは、裏返りのないあなた方の言語の構造的必然だと言わざるを得ません。

 もう結構だと仰るのですか?あなた方はみな我慢が足りませんね。我慢もないくせにヤクレマキタを知りたいと仰る。よろしいでしょう、貴方に近道をご用意いたしましょう。手足に穴が開いて身体が内側から裏返るのは多少痛いですが、大したことではありません。運が良ければ、貴方の腕にもレビモザルが浮かび上がるでしょう。

 さあ、始めましょうか。
 

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