Jan 26, 2012

べー・舟

ひょんなことから東琢磨さんにご教示いただいた
李静和さんの『つぶやきの政治思想』を読み始めた

表現形態や、しなやかにして強固な意志の所在
絶望的な不可能を「別の形式」で超えようとする方向など
昨年観た『女と孤児と虎』に重なる部分が大きく、驚いた

しかし何よりも驚いたのは
繰り返し現れる「べー・舟」という言葉
この何年かの間に俺が考えてきた事柄と響きあう所があり
胸が熱くなった


               *


読むべきタイミングに
読むべき本は必ず向こうからやってくる
それを見逃さないようにするためには
ある程度の分量の古典的な本を(ただ古典であれば良いわけではない)
まだ頭の柔らかい内に、詰込むようにして読んでおくと良い
老人の繰り言のような物言いだけれど
自然と、そう思うようになった


               *


寒い日が続いて
犬も人も、炬燵の側から離れ辛い

ついうたた寝して、目を覚ますと
傍らには犬と人がいる
この舟で、水面を行く

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Jan 19, 2012

千切りマニアック

細さを揃えて千切りする作業が意外と好きで
根詰め過ぎて握力が無くなったりもしつつ
ついつい多めに切ってしまうことも

アボカドとセロリと海老のライムドレッシング和えを作り
すっかり定番になった人参のナムルを作る

多少多めに作っても、弁当で消費するから大丈夫なのだ
この日はキーマカレーの付け合せ
意外と合うんですよ、コレがまた


               *


ジャガイモを沢山、極々細い千切りにして水にさらす
適量のピーマンも合わせて細く切り揃え
酢と花椒を効かせた塩味中心の中華合わせ調味料を使い
強火で短時間、一気に炒め上げる

これもうちの定番メニューですな
薄い紅色の点は干し海老
夏よりも少し塩気や酸味を押さえ気味にした方が
寒い季節には食べやすいかなと思います
これも弁当できっちり消費できるから
多めに作ってしまった方が良いんです


               *


ライノの5枚組シリーズ(格安!!)でいくつか欲しいのがあって
とりあえずTim Buckleyは買うつもりでいたのだけれど
昨夜発注したのはRickie Lee Jones、だった

相方と一緒にYoutubeであれこれ観ている内に
Rickie Lee Jonesを続けて幾つか流し聴いて
特にライヴ盤の"My Funny Valentine"に感じ入るものがあった
(相方は昔からずっと好きだったそうな)
俺は昨年、Dan Hicksのアルバムにゲスト参加していたのを聴いて
改めて声の存在感に魅力を感じるようになっていたのだけれど
まとめて、ちゃんとした音で聴きたくなったのだ

安いオーディオ再生環境だけれど
パチンコ玉とナットで作った簡易インシュレーターで
音の解像度が随分良くなったから
こういう音楽をじっくり聴くのが楽しみだ

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Jan 18, 2012

蒸篭週間

準備簡単で後片付けも楽な料理といえば
この季節、圧倒的に「鍋」なわけですが
蒸篭を使った蒸し物も、負けず劣らず楽チンなので
このところ出番が多いのであります


               *


切り落としの豚肉に胡麻油と塩と酒を揉み込んで
しばらく放置してから蒸し物に使うと
大変美味しいということが判明したので
今回はその応用編

水で戻した春雨を皿に敷き
加茂葱を並べた上に
少し厚めに切った蕪と件の豚肉を並べて
軽く塩を振ってから、蒸す

蕪が分厚かったこと
それに春雨で熱伝導が悪かったことが原因で
なかなか火が通ってくれなかったのですが
こいつがすこぶる美味かったのですよ
旨みを吸った春雨も最高だったのでございました


               *


塩豚が美味しかったから、という単純な理由で
中途に残っていた鳥腿肉に塩を揉み込んで
ジップロックに入れて丸一日冷蔵庫に放置した

白菜、赤万願寺、椎茸、加茂葱を蒸篭に並べ敷いて
一口大に切った件の鶏肉を並べ、蒸す

ライム、ナンプラー、少量の砂糖、自家製ラー油の合わせ調味料を用意し
取り皿にとってまわしかけながら食べる
なんと幸福な味であることか

沢山もらった鷹の爪のストックがありすぎなので
ヘタを落として切り目を入れて種を抜き
ハンディーミキサーで大量の一味を作ったついでに
干し海老や胡麻を入れてラー油を作っていたのだけれど
こういう料理には本当によくあう

さて、今日も蒸すか、それとも鍋にするか……

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Jan 15, 2012

白い毛

年始に何本か映画を観たのだけれど
期待した程でもなかったり、期待とか別次元の娯楽だったり
でも「あ、これは良い」と思ったのもあった
フランソワ・オゾン監督の『しあわせの雨傘』だ

いかにもフランス映画らしい画面構成やカットの繋ぎには
この若い技巧派監督の「どうです?」という自信が感じられる
配役も、ドラマ展開も、演出も
全てがカチっと丁寧に組み合わさっていて
映画が何処かで破綻するのではないかという不安が
微塵も感じられない(これ、結構凄いことです)
「良い映画観たなあ」としみじみ思いました
ダルデンヌ兄弟作品でお馴染み、ジェレミー・レニエの
抑制の効いた演技が、特筆ものの素晴らしさでございました


               *


切らしていたナンプラーとシーユーダムを年末に買ったので
タイ風の甘辛い炒め物が、また簡単に出来るようになった

ニンニクの芽、エリンギ、セロリの葉、海老を
上記の二つの調味料とオイスターソースで炒める
少し濃いめにすると、お弁当に最適な味になります


               *


レンコンを炒めてバルサミコの味でまとめるアイデアは
ご近所のスミちゃんの料理から学んだパターン

今回はベーコンの旨みと赤万願寺の甘味・色味をプラス
これもまた「酢と油」の応用編ですな
炒める工程で濃縮されるバルサミコの旨みが
レンコンの食感、甘味と一つになって、とても美味しい


               *


犬と一緒に一日家の中で過ごすと
本当に静かで大人しくしてくれていて
時折その存在を忘れてしまうほどだ

随分落ち着いたな、と思っていたら
眉のあたりの毛が、少し白さを増した気がしてきた
気のせいかもしれないけれど

うちに来て4年か
今年、お前8歳(推定)になるのな

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Jan 14, 2012

ジョン・ホームズと鯨

 何度も何度も失敗した。他でもない、コロッケそばの話だ。どうやってもあのコロッケそばに辿りつけないのだ。何時、何処で、誰と、どうやって食べたのかまったく思い出せない。だけど味はちゃんと覚えている。まず最初に冷えたコロッケを口に含んだ瞬間の落胆があり、徐々に溶け出した衣とジャガイモが温かい出汁に馴染んでからのスペクタクルを経て、醤油辛い出汁を飲みきってしまうまでの加速感に至るまで、その全てを克明に覚えているのだ。食べた場所が思い出せない以上、自分でその味を再現するより他ない。コロッケも蕎麦も出汁も、ありとあらゆる組み合わせを試した。しかしどうしても辿り着けない。決定的な何かが不足しているのだ。

 「模造記憶だよ」
 「え?」
 「君に埋め込まれているニセの記憶さ」
 「ニセ……」
 「そう、非実在コロッケそばに関する膨大なデータが、まずは1986年4月26日にロシアから流出した。データはコピーと圧縮を繰り返しながら、20年以上を経て膨大な数のミラーサイトへと拡散された」
 「分からないな。どうしてそんなデータが僕の記憶に刷り込まれてるんだ」
 「思い出してご覧。ジョン・ホームズの巨大なペニスと鯨の件さ」
 
 ジョン・ホームズに会ったのは1981年の5月。ワンダーランド殺人事件が起こる直前だった。僕は東側諜報機関からの依頼を受け、彼の陰茎の正確な大きさ(正常時、勃起時の直径及び全長)を計測するという、非常に危険で困難な任務に付いていた。ロスのアンダーグラウンドに潜入し、代理人、代理人の代理人、その代理人といった具合に、延々と続く代理人面会を粘り強く数週間続けた後、やっとのことで、面会の約束を取り付けることが出来た。

 「あの時の連中なんだよ」
 「東側のメンバーのことか」
 「そうさ、やつらが流出させたんだ」

 コロラドから数名が現地入りするという話だけを聞かされていたのだが、実際に顔を合わせたのは一人だけだった。ナチョスの屋台で声をかけてきたのは体臭のきついヒスパニック系の女で、①作戦には閃光弾が使われること、②振動式のレシーバーで合図を確認し、素早く防護具を装着すること、という説明を受けた。その十数分後、ホームズの代理人と落ちあい、ダウンタウンのスタンドバーに案内されたのだが、ドアを開けて本人の顔を確認した数秒後にはレシーバーが振動していた。防護具を外して目を開けたときには、目出し帽で顔も分からない黒ずくめの男たちが、既に意識を失ったホームズを確保し、巨大な陰茎を露出させているところだった。

 「覚えているかい」
 「何を」
 「ジョンのコックの長さと直径を」
 「ああ、ちゃんと覚えている」
 「俺だって知ってるよ」
 「そんなはずはない」

 電子ノギスと金属製の定規を使い、慎重を期して正確に測定したあの値を知っているのは、ごく一部の東側諜報員だけのはずだ。

 「それもニセの記憶さ」
 「そんなはずは……ない」
 「だったら教えてやるよ」

 自分一人しか知らぬ筈だった主観的な記憶。その詳細が他者の口から克明に語られるのを聞くのは、不思議と心地良かった。薬剤の静脈注射で怒張した陰茎。陰嚢と肛門の間に小さく彫られた鯨のタットゥー(ホームズは鯨の保護に熱心だった)。頭部に電極をあてて短期記憶を消す処理。裏口から煙のように消えていった工作員達。

 「東側の連中が欲しがっていたのは君の海馬だ」

 ようやく思い出した。それで何もかも納得が行く。そう、僕は。

 「ホームズのダブル、おめでとう」

 熱く硬く疼き始めた股間に手をやると、ザトウクジラが生まれいづるところだった。目の前には大西洋の白波。我は父にして母。世の終わりまで射精し、受精し続けることだろう。

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Jan 11, 2012

鴨鍋、草間、各駅停車

年末年始にまとまった休みがない代わり
ぽつぽつと飛び石状に休みを取っていた

休みの前日、ご近所の経済学者Yさんと相方との3人で
東山にある桝富という蕎麦屋で鴨鍋の新年会

まずは昆布出汁に野菜を入れて炊き
鴨を入れ、固くならぬうちに引き上げ、食べていく

これで三人前、かなりのボリューム
つけ汁は酸味が押さえ気味になっているのだけれど
蕎麦屋ならではといった出汁の濃さ
次第に溶け出してきた鴨の脂と渾然一体となり
いつのまにやらお銚子が空いて行く

実はこの蕎麦屋、近所に越してきてから何度か来ていて
とても気に入っていたのだけれど
この鴨鍋がずっと気になっていたのだ
うむ、大満足でありますよ

こじんまりとはしていたけれど(そういうのが好きなんですが)
美味しくて、大変楽しい新年会だった


               *


のんびりと起きだして
昼前までゆっくり過ごし
ブラブラ歩いて三条駅まで
京阪電車に乗り込んで、渡辺橋まで足を伸ばす

草間彌生展を観に来たのだ

怖くなるほどに圧倒的な連作群や
幻想的なミックスドメディア作品
ポップな立体作品など

とにかく物量の物凄さと
充填されたエネルギーの高圧さ加減に
クラクラさせられながら観て廻った

休日ということもあって
かなりの人の入りだったのだけれど
ところどころ、人の存在を忘れてしまいそうになるような瞬間もあった
特に最新作のポートレイト3枚は
これまでの技法を集大成したような感じと共に
全てが編集しつくされたような制御感もあり
とてもとても素晴らしかった

淀屋橋まで、相方と彼是話しながらブラブラ歩き
各駅停車に乗り、とある小さな駅で下車
まだ日も暮れぬ内から
商店街の中にある立ち呑み屋で安くて美味しい酒と肴

いい休日だった、本当に

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Jan 05, 2012

プリパ

元日、相方のご両親に頂いた牛肉と割下で
我が家では大変珍しい「すき焼き」をした
仕事が忙しくてヘトヘトだったので
下準備は相方に全部やってもらう

サシの少ない、しゃぶしゃぶ用のさっぱりとした肉が
今の自分たちとしては丁度良い
それでも、とても二人で食べきれる量ではなかったので
翌朝はすき焼きうどんを堪能し
お昼のすき焼き弁当をもって完食
正月らしい贅沢をさせていただきました


               *


年末に1枚
年が明けてから1枚
Compostelaのアルバムを買い直した

むかしむかし、ある一時期
何もかもが嫌になって鬱々としていた自分を
幾つかの音楽が支えてくれていたのだけれど
Compostelaの音楽も、その一つだった

本当に、本当に、ほんとうに素晴らしい

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Jan 02, 2012

その先が常にあったこと、その先が常にあること

仕事納めも仕事始めもなく
淡々と仕事をこなしている

年が明けてから
通勤の最中、Robert Wyattの"Free Will and Testament"が
頻繁に頭の中に流れている
とても寂しいメロディーで
相対主義と懐疑と諦念の果てを歌った曲

歌詞はこんな感じ(たぶん)


               *

Given free will but within certain limitations,
I cannot will myself to limitless mutations,
I cannot know what I would be if I were not me,
I can only guess me.

So when I say that I know me, how can I know that?
What kind of spider understands arachnophobia?
I have my senses and my sense of having senses.
Do I guide them? Or they me?

The weight of dust exceeds the weight of settled objects.
What can it mean, such gravity without a centre?
Is there freedom to un-be?
Is there freedom from will-to-be?

Sheer momentum makes us act this way or that way.
We just invent or just assume a motivation.
I would disperse, be disconnected. Is this possible?
What are soldiers without a foe?

Be in the air, but not be air, be in the no air.
Be on the loose, neither compacted nor suspended.
Neither born nor left to die.

Had I been free, I could have chosen not to be me.
Demented forces push me madly round a treadmill.
Demented forces push me madly round a treadmill.
Let me off please, I am so tired.
Let me off please, I am so very tired.

備わった自由意志、ただし範囲は限定
意のままに変幻自在ってのは無し
自分でなければ誰だった、なんてこと分かりようもない
ただぼんやり、俺ってこんなのかなって、思うぐらいで

だから自分のことは知ってるなんて口にしても、どうやってそれが分かる?
どんな種類の蜘蛛なら蜘蛛恐怖症を理解するの?
自分には感覚があって、感覚があるっていう感覚もある
感覚を掌ってる? それとも俺が掌られてる?

舞う埃の重量が地面にへばりついたモノを上回っている
どういう意味になるんだろう、こんな風に中心を持たない重力は?
ソンザイ―シナイ自由なんてあるの?
ソンザイ―シヨウトスル自由なんてあるの?

勢いに押されてアレやったりコレやったり
でっちあげたり、やる気のあるフリしてるだけ
散り散りに消えてしまうつもり、切り離されてさ 出来るかな?
敵のいない戦士なんて意味あるの?

あてどなく、でも空になく、空気もなくて
放し飼いで、つめつめでもなくだらりともせず
生まれもせず 見捨てられもせず

自由があれば この俺になんかならない選択が出来たのにね
惚けた力が、狂ったように俺を踏み車へと押し戻す
呆けた力が、俺を終わりの無い徒労へ押し返す
降りさせてくれよ ひどく疲れた
降りさせてくれよ ことごとく疲れ果てたんだ


               *


ほんの数年前
俺はこのまま、これそのものだった
もうこの先などは無いと思っていた

そしてそれは思い上がりだった
気がつけばいつもその先、その向こうにいる
今はこの歌を別の光の下で聴くことができる

終わりようのない3.11からも
気がつけば常にその先があったし
その先は「わたしたち」の意志と共に常にある
たとえ危うくとも

降りなくていいし
無理に祝うこともない
ただ漕げば良い

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Dec 28, 2011

ミートソースの日

人参、玉葱、セロリをフードプロセッサにかけて
オリーブオイルでじっくり炒め
別口で赤ワインを入れてじっくり炒めたひき肉と合わせ
水煮のカットトマトと大鍋で合わせ
ローリエや塩胡椒などで味を整えながら弱火でコトコト煮詰める

以前にも書いたけど
俺は「本格ボロネーゼ」を目指していない
なので舌に馴染み深い味に近づけるため
ウスターソースやお好み焼きソースを隠し味に使う

通常でも、一般のレシピよりかなり多く野菜を使うのだが
今回は何時もにましてセロリを使った(余っていたのだけれど)
火を入れ終わってから一日半寝かし(結果的に放置されただけ)
小分けに冷凍しておいたのだけれど
今までで一番良い出来になった

二人共休日出勤ですこし疲れていた日
ささっと簡単にスパゲッティ・ボロネーゼを作り
頂きものの綺麗なオリーブの瓶を開けた

どぎつくない塩加減
これこれ、こういうオリーブを食べたかったんだわ
ぴっちゃん、ありがとうね

てな方向なのでワインを開ける

近所の酒屋で大プッシュされていたスペイン産のワイン
タンニンの要素は少ないのだけれど
柔らかい酸味で、味は少し太く分厚い
どっしりしたテーブルワインで、今日みたいな味には丁度いい


               *


珍しく、二人そろって特にこなすべき用事も無い休暇日
ぶらぶら、散歩がてらお昼ごはんを食べに出かけた

百万遍にある、古い洋食屋さん「まどい」
場所は知っていたのだけれど、来るのは初めて

相方はサワラの香草焼きと二品にサラダとライスがついた日替わり
俺は4品(エビフライ、鶏肉のカレー煮込み、ハンバーグ、牛肉の和風焼き)に
サラダとライスが付いた「Cセット」を頼んだ

手堅い味付けと調理で、どれを食べてもとても美味しい
しかも、場所柄もあってとても安い(日替わり600円、Cセットは800円)

また来よう

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Dec 24, 2011

ノー・ライセンス・センキュー

先日
ケホケホ止まらぬ咳で海老のように身を曲げつつ
JRを乗り継ぎ、加古川の郊外にあるセンターまで足を運んだ
仕事上の必要に迫られ、とある国家試験を受けたのだ

もともと試験も免許も嫌いなので
辛うじて原付免許を取得したのみだ(そして使ってない)
暗記嫌いなので試験勉強が億劫でならず
ズルズル先延ばしにしていたのだが
そろそろケリをつけないと精神衛生上良くないので
短期集中で何冊かの問題集をやっつけて
しかし最悪の体調で試験に挑んだ

ひっかけ中心5択マークシート44問が
大まかに3分野(法、理論、実務)に別れており
各分野4割以上、全体で6割正解が合格ライン
日常生活では殆ど縁のないような事柄ばかりなので
常識を応用して解ける問題は、ほぼ無い
合格率は5割、初回受験で合格は1割程度
まあまあ面倒くさい試験と言って良いと思う

これはまったくワカランと思ったのが3問ほど
正解の手応えを感じたのは半分程度
まあ次に受け直せば受かるだろう、程度が受験後の感想
そろそろもう一度問題集をやり直そうと思っていたら
呆気無い感じで合格通知が届いた

面倒な事に一つケリがついてホッとしているのだけれど
実は、この次に加古川に行ったら
姫路おでんとホルモン餃子の店に行こうと画策していたので
そのことが少し残念、ではある


               *


そんなこんなで慣れぬ勉強をしてバタバタしている間に
近所の木々からは緑が消え、黄や赤もすでに疎ら

寒い曇天の朝を歩くのは嫌いじゃない
コントラストのはっきりした明るいものだけが
世界の辺縁を象っているわけではない


               *


すべてのテクストが誤読に向かって開かれていること、と
テクストを恣意的に読み替えることによって
そこから都合の良い「リクツ」を無理やり導き出すこと、とは
まったく、ゼッタイに、等号で繋ぐことができない
特にそれが学問的な領域に関わることであれば
両者を等号で繋ぐことは、愚かであるばかりではなく
ロゴスに対する罪、である

それ以前に、子供の我儘に過ぎぬ

そんなものは
「人を害することがなければ何をやっても構わない」
というような幼稚な自由と何ら変わる所がない

要は「聖書にはこんな事実が隠されていた!」とか
「シェイクスピアは京都人!(木村鷹太郎)」とかいうのと
五十歩百歩どころかその劣化コピー以下ですよ、という話
己の幼稚な妄想の都合にポストモダン(のハリボテ)を援用する輩など
木村鷹太郎の霊前に土下座して謝れ、バカモン

と、最近思うことが多い
特に反原発の運動に関わる(多く不毛な)議論が
ネット上でなされているのを読む時に、それを感じる
俺は日本のアカデミズムなんぞ糞を食らえば良いと思うが
学問舐めんな、とも思っている(勿論ここに矛盾はない)

つうかな
フレーズを援用したいなら、ちゃんと本を読め!
読めない人の権利云々を持ちだした時点で
自己欺瞞と自己憐憫のビシャス・サークルなんだよ!
読むか読まんか、だ
何度でも読め、バカ!

たぶん、弱者やマイノリティーに「寄り添う」ことで
自分の「正義」が担保されると思ってる人たちって
『鈴木先生』の8巻読んでもなーんとも思わないんだろうなあ……


               *


で、『鈴木先生』の話
相方が買ったのを読み始めたらハマって
アリョーシャだよなコレ、と思ってたら
やっぱりそうだったのね……

ここまでドストエフスキー的なキャラが
学園ものという表象を纏って現れたことは
とても「健康的」だと思う

絵柄的にどうしても受け付けない人も少なくないと思うけど
相当面白いマンガですよ、コレ


               *


コンラッドの『闇の奥』を読み始めた
今がジャスト、読むべきタイミングだと思ったからだ
間違っていないと思う


               *


シンプルな保温ポットを買った
炬燵にセットするためだ

芋焼酎をごく薄いお湯割りにして飲みながら
音楽を聴き、本を読み、ネットを見る
炬燵の中では犬が鼾をかいていて
傍らでは相方が原稿を書いている

そんな年の瀬、です

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«春のアブラビレを夢想する